パーキンソン病とピアノ

2019年の夏、夫が動脈瘤の検査のため定期的に病院へ通っていた。いよいよコブが大きくなっていたため、破裂する前に手術をして切除することになった。

人生には、あらかじめ決められたターニングポイントがあるのだろうか。

私はというと、ちょうどこの頃から、お箸や歯ブラシを持つ右手が上手く動かせなくなっていた。

夫の手術は成功し、無事に退院した。けれど、私の右手はいうことをきかない。左手を使いながらなんとか日常をやり過ごし、右手の様子を見ていた。

翌2020年3月頃、私は甲状腺の持病の定期通院のため、いつもの病院を訪れた。担当の先生に右手のことを相談すると、月に数回来ている脳神経内科の先生に見てもらえることになった。

何の病気だろうか。先生は話しやすい人だろうか。心配事は尽きない。

診察の順番になり、診察室に座っている先生を見た瞬間、直感的に良い印象を持てなかった。説明を受け、そのままMRI検査を受けた。

しばらく待ったあと、再び診察室に呼ばれ、椅子に座った。

「パーキンソン病だね」

頭が混乱した。何となく、車椅子の映像が頭の中に流れた。

しばらくして、ふつふつと怒りが込み上げてきた。こんな一大事をどうしてこんなに簡単に言えるのだろう、と。

帰りのタクシーの中で、夫に検査結果を報告した。夫からは「しょうがないじゃん」といった言葉をかけられた気がするけれど、あまり記憶にない。60歳を過ぎた夫なりの精一杯の慰めの言葉だったのだろう。

なんで私なんだろう。違うよね。

何をしたら良いのかわからず、夜、すがるような思いで妹に電話した。

「お姉ちゃん、絶対違うよ。違ってましたって言われるから大丈夫」

絶対に違うと思いながらも、私は将来のことを考え始めていた。YouTubeでパーキンソン病のことを検索すると、思いの外たくさんの投稿があり、専門的な言葉やストレッチの方法を貪るように学んだ。

診断から1週間が経ち、再び脳神経内科の診察日をむかえた。

あらためて、パーキンソン病であることを告げられた。私の嫌いな先生の診断は間違っていなかった。

パーキンソン病には「ハネムーン期」と「進行期」というものがあるらしい。ハネムーン期は発症してから3年ほど、普通に暮らせる期間のことだ。それを過ぎると病はゆっくりと進行し、症状は人によって様々に現れる。

私の場合、手足の震えもなく、右手もいつの間にか動かせるようになっていた。ハネムーン期の間はこれといった症状が全く出なかったため、「やっぱり誤診だったんじゃないか」とさえ思っていた。

しばらくして、あの脳神経内科の担当医が病院を辞めたと看護師から聞いた。どうやら他の患者さんからも評判が悪かったらしい。「私だけじゃなかったんだな」と少し救われた気がした。

それを機に、パーキンソン病ではない可能性がないか、MRIやダットスキャン、MIBG心筋シンチといった専門検査で、ドパミンや自律神経の異常を調べ直してほしいとお願いした。

しかし、それらはすべて受け入れてもらえなかった。

ここで踏みとどまっていてもだめだ。

夫や子供達、孫達に弱った姿は見せたくない。落ち込んだ気持ちは何日も続いたけれど、今できることを考え、パーキンソン病のことをさらに勉強した。とにかく生きて、進行を遅らせたい。それが今、私にできることのすべてだった。

ストレッチをしたり、サプリメントを飲んだりした。通販サイトで推奨されている筋トレグッズを買い、そしてピアノを弾いて指を動かした。小さい頃から続けていたピアノの鍵盤に向かう時間は、ささくれた心を一番落ち着かせてくれる時間だった。

また、運動に加えて、ドパミンを補う薬を毎朝の目覚め、9時、昼、15時、夜の1日5回飲む。これで進行を遅らせることができる。その事実だけが、私にとっての希望だった。

私の症状は、手足の震えや体が勝手に動くことはないものの、体のバランス感覚が悪くなり、家の中でよく転ぶようになっていった。

2022年頃には、外出中に転倒してしまい、頭からものすごい量の出血をした。また別の日には、顔面から転んで歯が抜けてしまった。

病気は少しずつ確実に進行している。

夫は食器洗いとゴミ出しを手伝ってくれるようになった。そのほかの家事は、発症前と変わらず私がやっている。

私の体は動かさなければ進行が早まり、やがて動かせなくなってしまう。体のだるさや、容赦ない疲れやすさに耐えながら、私は体を動かし続けた。

とにかく死ぬまで生きるのだから、できることをやるしかない。

「ガンとかじゃなくて良かったじゃん」

どこかのお医者さんにそう言われたことがある。世の中には若年性パーキンソン病もある。もし私が子育て中に発症していたら…。そう考えると、「まだこの年齢で良かったのだ」と思える時もある。

不安は毎日感じる。

けれど、それと同じくらい、私はピアノを弾く。

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4歳の最高の日